4年で時価総額1兆円!「僕はこうしてスタークウェアをつくった」数学者エリ・ベン-サッソンが語る仮想通貨ユニコーン企業創生記【独自】
エリ・ベン-サッソンー。
この男の名前を知るものは日本ではまだ少ないかもしれない。だがこの稀代の数学者こそ、ブロックチェーンに数学をもちこみそのプライバシーと処理性能を高めた第一人者だ。
今でこそWEB3業界で流行っている「ゼロ知識証明(ZKP)」を使ってブロックチェーンのスケーラビリティとプライバシーの問題を解決する方法を最初に示したのはエリなのだ。
もともとプリンストン高等研究所等を経て科学技術分野で世界最高学府の一つと目される イスラエル工科大学 で終身在職権を持つ数学の教授をしていたが、黎明期のビットコインコミュニティに感化され匿名コイン「Zキャッシュ」誕生につながる論文を共同執筆。その影響はイーサリアムやポリゴン等プライバシーと処理性能を重視するほぼすべてのブロックチェーンに及ぶ。
同氏は15年間在籍した学術界でのポストを捨て、2018年に「スタークウェア」社を創業。ここからが快進撃だった。
同社のSNARKs技術は多くのブロックチェーンのスケーリングの基礎技術として使われている他、イーサリアムのスケーリングエンジン「StarkEx」はファンタジースポーツゲームのSorare、分散型取引所dydx、ゲームプラットフォームのImmutable X等に採用されている。同社が開発した開発言語CairoはVisaがスマートウォレットを構築する際に採用されている。
また「スタークウェア」がすごいのは技術と学術界のビッグネームによるサポートを受けていることだ。イーサリアム創業者ヴィタリック・ブテリンや、著名仮想通貨ファンドの「パラダイム」は投資家として参加。また創業初期にイーサリアム財団からから約10億円(670万ドル)の助成金を得ている。
科学顧問にはチューリング賞やアーベル賞の受賞者である数学者アヴィ・ヴィグダーソン、ゲーデル賞やチューリング賞を受賞したシャフリラ・ゴールドワッサー教授等錚々たる名前が並ぶ。同じくゲーデル賞受賞者でアルゴリズム・ゲーム理論等の専門家ノーム・ニッサン教授もトークン経済等について助言をしている。
2022年に実施した資金調達では約1兆2000億円のバリュエーションとされた。2018年の創業からわずか4年のことだ。
今年2月には「スタークネット」のトークンである$STRKをバイナンスに上場。時価総額は2兆円に迫る。「スタークネット」はもともとスタークウェア社が開発したイーサリアムのレイヤー2スケーリングソリューションだが現在分散化が進行中で、独立したスタークネット財団が監督している。(関連記事「 スタークネットの時価総額が200億ドルを超える 」)
コインテレグラフジャパンは今回エリ・ベン-サッソンー氏(以下エリ)への取材を実施。クリプト分野で傑出した起業家として、日本のWeb3起業家たちにも参考になるに違いない。
そもそもエリが気鋭の数学者としてのキャリアをなげうって「スタークウェア」をつくったのはどうしてなのか。
「まず、最初は感情的な反応だった。今から11年前の2013年5月、米サンノゼで開催されたビットコインカンファレンスで講演した。当時僕は今のスタークウェアにつながるゼロ知識証明の研究をしていて、ユースケースを探していた。
「それまでは主に学界で自分たちの(ゼロ知識証明に関する)研究について講演していたが、ビットコインコミュニティの人々の方がはるかに興奮していた。(著名なビットコイン開発者である)グレッグ・マックスウェル、マイク・ハーン、アンドリュー・ポエルストラ等も含め、彼らはこの技術に非常に興奮していた。そして、学界で講演していたときには見られなかった興奮を感じた。彼らはこの(ゼロ知識証明)技術がブロックチェーンのスケーラビリティとプライバシーの両方の問題を解決するためのツールであることを理解していたからだ。
「だからその声に従いブロックチェーン関連のゼロ知識証明研究にますます関わるようになった。スタークウェアに至る理論的・数学的研究を進めつつ、ブロックチェーン関連のゼロ知識証明研究にも取り組んだ。
「だから(起業のきっかけは)この技術の可能性に対するブロックチェーンコミュニティの興奮に呼応した、非常に感情的なものだった」
「数学者の視点から見れば、『証明』というのは非常に抽象的で理論的なものとして興味深かった。しかしブロックチェーン以前は、誰も証明技術を実用的なアプリケーションとして見ていなかった。その理由は2つある。1つ目は、ブロックチェーンの分野以外では、今日でも良いユースケースを見つけるのが難しいことだ。銀行や企業が妥当性証明(ゼロ知識証明)を熱心に使いたがる世界は、まだ何年も先だと思う。それが1つ目の理由。」
「でももっと重要な理由は、これらが全く実用的でない構造だったことだ。証明を生成するのに、太陽系のすべての原子よりも多くのメモリを持つコンピュータが必要になる。そして、僕の数学的研究はまさにここに焦点を当てていたんだ。僕はその非常に抽象的な数学的構造をもっと実用的にすることに興味があり、実際にそれに成功した。これが僕の道を切り開いた。」
その後エリは6人の共著者と「ゼロキャッシュ」という匿名コインに関する学術論文を発表。これが匿名通貨「ZCash($ZEC)」の誕生につながり、ZK-SNARKを使ってプライバシーの問題を解決した。「ゼロ知識証明」技術が次第に注目されるようになった。2016年のことだった。
今日プライバシーに焦点を当てているすべてのブロックチェーンプロジェクトは、何らかの形で 「ゼロキャッシュ」論文 に示された技術的概念に基づいている。
次にエリが取り組んだのがブロックチェーンの処理性能をあげるスケーラビリティ問題だ。STARKsという証明技術を使ってブロックチェーンをスケールさせた最初の実例だった。今では「スタークウェア」が発明した技術はイーサリアムのスケーリングにおける「ゴールドスタンダード」と見なされている。
主要なバリディティロールアップ、ZK-SyncやPolygon、Risk Zero、Succinctといった技術のすべてが、STARKsを使ってイーサリアムや他のブロックチェーンをスケーリングしている。
ただ技術力や優秀さだけではビジネスとしての成功をつかめるとは限らない。エリと彼の177人に及ぶチームがブロックチェーン業界の「縁の下の力持ち」的な存在になれた理由はなんだろうか。
「一つは一緒に働く人々。彼らは間違いなく起業家にとって最もインスピレーションを与える存在だ。特に思い浮かぶのは30年以上の親友であり、スタークウェアの共同創設者で初代CEOのオリ・コロドニー。彼は友人として、ビジネスパートナーとして、とてもスマートで情熱的な人間だ。」
エリは何よりも信頼できる仲間を第一においているようだ。
「素晴らしいチームの個々のメンバーもまた、僕がまず何よりも好きな人たちであり、プロフェッショナルとしてもとても尊敬している。彼らが本当に最大のインスピレーションの源だ。」
「強調したいのはスタークウェアの経営方法がいかに非階層的で能力主義的であるかだ。僕の考えや意見が他の賢いメンバーに投票で否決されることはしょっちゅうある。僕はこういった企業文化が大好きだし、それを受け入れている。極端な透明性と率直さを大事にしている。」
真剣勝負で切磋琢磨しあう「仲間」について語る時のエリは非常に楽しそうだ。
ただ今回エリに取材をして言外に感じたその凄さは、逆境を順境にしてしまう凄まじい「強さ」だ。そもそも社名であるスタークウェアの「スターク」とは古英語、ドイツ語、オランダ語で「強さ」という意だという(ちなみにハリウッド映画『アイアンマン』の主人公トニー・スタークを想起させる名前だ)。
まず本来実用性のなかった数学的証明理論を実用化して大きなビジネスにしてしまう。
「インスピレーションの源の一つは数学であり、その美しさ、深さ、遠い将来まで見据えたビジョンの可能性だ。(起業家としての)旅を始めた頃、これが標準となり、普及するという確信があった。そして世界がまだそれに気づいていないことも分かっていた。」
そしてテクノロジー分野の起業家として本来一番難しいはずの「人材の苦労」を「純粋な喜び」と表現する。
「優秀な人材をめぐる競争は激しい。だから起業や会社を作るのはとてもストレスが多く、大変なことだと感じる人が多い。でも正直に言うと、僕はそれを純粋な喜びと楽しさとして感じている。」
「その理由は、組織としてのスタークウェアの非常にユニークな、能力主義的で非階層的な姿勢があると思う。<中略>僕たちには素晴らしいチームがあり、彼らに意思決定の力を与えている。それがこの旅をとても楽しいものにしている。」
この「強い組織」とともにここからどこを目指すのだろうか。
「スタークウェアのビジョンは、誠実さを決して前提とせず、すべての人に公開で証明する世界を実現することだ。『私たちを信じてくれ』と言う代わりに、運用しているコードを透明にし、ゼロ知識証明で皆に保証する世界だ。僕たちはそのビジョンを実現するための最初の数歩を踏み出したばかりだ。今日の僕の抱負は、このビジョンを実現することだ。」
<終>
エリ・ベン-サッソン スタークウェア共同創設者兼CEO、同社会長。2001年にヘブライ大学で理論計算機科学の博士号を取得して以来、暗号学とゼロ知識証明に基づく計算の完全性を研究している。STARK、FRI、Zerocashプロトコルの共同発明者であり、Zcash Companyの創設科学者でもある。これまでにハーバード、MIT、プリンストン高等研究所で研究職を歴任。2018年にテクニオン(イスラエル工科大学)の計算機科学教授から転じてスタークウェアを共同創設した。日本に関連する話として、シカゴにあるTTIC(豊田工業大学シカゴ校)で研究員として9ヶ月過ごしたことがある。
免責事項:本記事の内容はあくまでも筆者の意見を反映したものであり、いかなる立場においても当プラットフォームを代表するものではありません。また、本記事は投資判断の参考となることを目的としたものではありません。
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